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2019年4月

2019/04/15

トルコ至宝展 ユーモア展 at 六本木

東京の美術館や博物館の多くは
月曜休館のことが多い。

どうしても月曜日に展覧会を観たい!
という人はどうするのか?

そんなときは、六本木界隈の美術館に行けばいい。
六本木の美術館はだいたい、火曜日が休館日。

以前、美術館は月曜休館が当たり前 と信じ込んで なんの疑いもなく
火曜日に六本木の美術館を訪れたときに、ことごとくどの美術館も休館でショックを受けた経験あり。
それ以降、火曜日に六本木には行かない と決めている。

今回は、国立新美術館で開催中の
トルコ至宝展 を観る。

 

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展示場内 撮影禁止。

記憶に残ったことのメモ。

まず、数々のお宝を目の当たりにしながら、スルタンの権力を想像し その壮大なスケールに・・クラクラ。
城壁に取り囲まれた宮殿に住む人の数!
宮殿そのものが、一大都市だったというわけですね。
ハーレムに住む女性たちだけを見ても、なんと2000人だったとか。
世継ぎを産むために世界各地から集められたって・・・そして、スルタンに振り向いてもらうために女性たちは身体を磨き、踊りを舞い、だなんて・・・なんという時代!!

さて、展示物。
スルタンの座る椅子 玉座。
その上につり下がる巨大(と言っていいと思う)なエメラルド、ダイヤ、真珠、黄金。
たとえ宝石が小さくても、もっと磨いて精緻な工芸品とすることも可能なのでは と考えるのは野暮かしら。
この巨大さが 権力の証!どうだ〜!とでもいうような・・そんな至宝の数々。

織物については、宝石の巨大さとは裏腹に
実に細かく丹念に織られていて、一枚の布を作る時間を想像するに・・
その手間暇をかけた品を得ることがまた権力のなせる技なのだろうと思わせる。

スルタンの着物カフタンは、ずいぶんとおおきく、とても袖が長い。実際に着たらどんな形に変化するのだろう?
平坦に展示されたシルエットはシンプルな曲線と直線でできていて、ユーモラスでかわいらしい印象。
くるみボタンも、織られた模様も 生地の色も 実にオシャレ。

そして、アラビア文字の花押が展示されていたが、
まず まったく見事に読めないから・・ きっと日本語が読めない外国人が 草書だの行書だの・・で描かれた文字を鑑賞するときに
こんな気持ちになるのかしら? と感じつつ。 ほぼ、図形や絵の一部 と思って観てしまう。

書道の手習い本なども、全く読めないのだが その横に描かれた花の絵の細かさ鮮やかさ が印象に残った。

その他にも心に残ったもの箇条書き。
・東洋と西洋の様式がまさに融合されたトルコの工芸品。中国っぽいところあり、ヨーロッパっぽいところあり。
・長靴の細かい縫いもよう。形もオシャレ 
・礼拝用敷物の刺繍の細かさ!この大きさを完成させるにはどれだけの時間がかかるの?
・スルス書体 ナスフ書体 タアリーク書体・・あとで調べよう。
・トルコではチューリップを一輪ずつ飾る そのためのチューリップ用花瓶の形
・明治天皇がスルタンに贈ったという 指物道具一式
 そもそもスルタンが、プロ並みの腕前(?)の大工だったということ!
・ミュージアムショップでは、トルコ刺繍オヤのアクセサリーが販売されていて・・興味深い。欲しい!(迷ったが結局買わなかった。作ってみたい。)


帰りに美術館の三階まで上がって アートライブラリーに立ち寄ってみた。
現在開催中の展覧会関連の本を見ることもできるし、閲覧可能な美術書がたくさん。
この静けさも、吹き抜けのこの空間も 自分を見つめる場所 興味を掘り下げる場所としては贅沢すぎるほど。

家から近ければいいのに。

 

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せっかく六本木まで来たので
もう一つ美術展をハシゴ。

新美術館から歩いてほど近い ミッドタウン横にある 21_21design sight で開催中の
ユーモアてん へ。

 

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浅葉克己ディレクションの展覧会である。

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館内の展示物は、ほぼ撮影可能。
気になった作品をいくつか撮影してみたが(結局カラフルでグラフィカルでかわいらしい作品を見つめてしまう私だった)、
その他は 久里洋二のシニカルなアニメーションや 福田茂雄のおなじみのトリックアート、中村至男のアニメーション、日比野克彦の船、三宅一生の服、浅葉克己の個人所蔵の諸々、果ては浅葉克己が大好きという卓球関連・・・とにかく会場内所狭しと そして浅葉克己の言葉にもあるとおり時間軸も空間軸もごちゃごちゃに展示してある。

 

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それなりに著名なクリエイターやアーティストのものが点在しているので
なるほど・・と思って見てみるわけだが
統一感があるわけでも無いから、 人によっては このカオスが ??? 何を言いたいの? と思ってしまうかもしれない。
いっしょに観ていた高校を卒業したばかりの次女は、帰宅後 頭が痛いと言った。
なんだか訳がわからない展示だった、もしかすると、この展覧会がとても疲れさせたのかも とも言った。
だとすると、それは展示の企みにまんまと引っかかったのか? 

浅葉克己の最初の言葉にあるとおり、このごちゃごちゃした展示により 
ものとものとが共鳴し合い(あるいは不協和音を奏で)時間も場所も言葉も越えた不可解だが愉快な、訳のわからぬ「何か」を発し始めた・・・
そのエネルギーをダイレクトに受け止めてしまったのかもしれない。

だが
ユーモアは心を和ませる
ユーモアは暗い気持ちを引き立てる
ということだとすると、
頭は痛くならないんじゃないかとは思うけれど。

私自身も、この展覧会を観て 結局ユーモアについて、なるほどこういうものか と感じるより先に
浅葉克己の仕事とコレクションとその友だち展 ということだったような気がしないでもない。
それくらい、ユーモアってわかりにくいものなのか?


(m)

 

 

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