バスキア展 六本木 森アーツセンターギャラリー
実は、二週間もまえのことになってしまったが、バスキア展を観た記録。
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六本木で バスキア展を開催中と言うことで
とにかく混雑回避 ・・急いで家を出て 平日 朝イチ 開館と同時に入場!
それでも、森美術館+森アーツセンターギャラリー行きのエレベーター前にはすでに人が!
焦ってどこに並んだらいいのか迷ったけれど、実は列をなしていたのは 森美術館の「塩田千春展」に並んでいる人たちだった。
バスキア展は、実はまだそれほど混んでいないのか?
いやいや、そんなことはない、これは平日朝イチなのだ。会場内には、結構 人がいる。
音声ガイドが無料という本展
音声ガイドを聞きながら会場内を廻る・・と、自分のペースで自分の感じたまま作品と対話することができないので、まずは、聞かずにざっと自分の目で確かめながら全体を鑑賞。そのあと、音声ガイドを聞いてみることにした。
聞いてみて思ったのだが、ありきたりの作品紹介しかなかったのが残念! 無料だから、借りてみてもいいが・・・内容は今ひとつ。作品を深掘りしたコメントは一切ない。
バスキアの作品に、いわゆる画家が必ず通る道・・リアルに描くデッサンや習作、クロッキーとか・・油絵とか・・。そういう物は一切ない。
きっと、ウマイヘタでいえば、バスキアはうまくない。 モデルを前にして、デッサンなんてしたことがあったのだろうか?
もし、していたら 却ってその基本が表に出てしまって、こんなに大量の作品を生み出すことはできなかっただろう。
バスキアの作品は、即興的な感性で描いているんだろう・・そんな感じがする作品ばかり。
ピアノで言えば、クラシックの基本には一切触れないまま、いきなりジャズピアノに走る・・そんな感覚。
バスキアは、きっと頭の中に思い浮かんだこと、考え、言葉、イメージ、すべてをキャンバスや紙にはき出していたんだろう。
描く、と言うことは、言葉を発することと同等、呼吸をすることに近く、日々生きているそのものだったのではないか。
エスキースとか、アイデアスケッチとかの存在なんてあったのかな?
すべてが本番だし、作品とかラフとかなんて、関係なくて 全部自分から「今 」出てきたもの、頭の中を駆け巡るもの、それをいつも吐き出し続けていたんじゃないか?
まさに即興のジャズのように。
今回の展覧会は、バスキアが描いた作品の中のごく一部の展示。
だとすると、尚更、バスキアは呼吸をするように作品を生み続けていたのだろう。 その作品量たるや!
即興的でセンスあふれる画風こそが、だれにもまねできないものであり、今でもファッション界でインスパイアされている証拠でもあるのだ。
コドモの落書きっぽくて、何を描いているのか訳がわからない、誰でも描けるような絵 という人もいる、でも・・
落書きでこんな風に描ける? といいたい。 狙ってこんな線は描けない。
こんな落書きが描けるなら、その人はすでに画家の域に達しているのだ。
まあ、とにかく実物を観てみるしかないと思う、こういう作品は。
画集だとか、印刷物だとか。
そんな二次元的な記録物で、バスキアがいいとか悪いとか。 そんなことじゃないんじゃないのかな?
吐き出された「実物」を観て、そして感じるしかないんじゃないか? 好きとか嫌いとか。
ありきたりの音声ガイドを聞いて思ったけれど、 この音声ガイドを無料でつけてしまうあたりが、バスキア展の軽さ・・なんじゃないか?
そう、・・商業的に創り上げられてる・・っていうか。
この自画像についてもそう。 表面的で陳腐なコメントを、さも それらしく演出して音楽と音声とでかっこよくまとめているけれど・・中身がないんだよな〜。
もっと、いろいろな人の評価をいくつか例に挙げて 観る人にどう感じるか、深く考えさせるような言葉を聞かせたっていいんじゃない?
ここまで王冠をたたいて並べている意味
木箱の蓋のような画面、左側に自画像、右に大量の王冠
蓋は閉まらないのか? なぜあえて閉まらないような形をしているのか?
そして、この作品を「自画像」とする意味。
↑ これは館内の撮影可能な作品の中でも、一番好きな作品だった。
こういうメモのような、ラフスケッチのようなアイデア出しのような、まさに落書きのような・・
そういう集まりがバスキアらしくて好きだ。
湧いてくるイメージ、頭の中の混乱、思うことがとまらない・・頭の中にある物をすべて取り出す。
それが凝縮された画面。 そこここに飛び交う色。 手書き文字の羅列。 そういったものがとてもグラフィカルでオシャレに見えてしまうのはなぜ。
撮影不可だったけど、 「中心人物の帰還」という 黒地に白で文字やドローイングを集めた大きな作品、それが今作品で一番心に引っかかった。 結構好き。 カッコイイ。
残念ながら、英語力に長けていないので このメモ書きが何を意味するか・・そこがわからないんだよ。
バスキアが考えていたこと、気になっていたこと、それを表現し、何を伝えたかったのか。
やっぱり、色や絵の具の塗りたくりや、筆致の力強さなどから受ける、感性のやりとりで受け止めるしかないのか??
展覧会の最後に、ミュージアムショップにて 展覧会の図録やバスキアにまつわる書籍をたくさん売っていた。
普段なら、必ず図録を買うところだが・・・
図録については、先に書いたように 印刷物で見てもあまり価値がないような気がしたのと
すでに家に一冊バスキアの画集を持っていたので、購入せず。
代わりに買ったのがこれ ↓
バスキア ザ・ノートブックス
バスキアが手がけた8冊のノートブックス それらをとりまとめて翻訳したもの。
ノートに綴られたメモ書き、アイデアやイメージこそ、バスキアの作品や人格を読み解くヒントになるだろう。
装幀が、本物のノートの表紙をそのまま使ったデザイン。
デスクに置いてあると、そのまま放置してしまいそう。
作品の印象が薄れないうちに、早めに目を通そう。
バスキア展で目を引いたのは、ファッショナブルなパパやママと一緒に、超 垢抜けたキッズが楽しそうに鑑賞していたこと!
それが、一組や二組ではなく、結構たくさん。そんな会場内の雰囲気も、バスキア展ならではなのかも。
森ビルからの眺望も美しい! 手前には、国立新美術館、遠くには新宿が見える。
六本木という土地柄、帰りにショップめぐり、ちょっと足を伸ばせばミッドタウン、青山界隈の散策も楽しい。
閉幕まであと少し!
バスキアは、たぶん実物を観なくちゃダメ。 Tシャツのプリントやポストカードじゃダメ。 実物を観てほしい。
(m)
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